カシオミニからポケコンの登場まで(1)
前から電卓の歴史についての本を出したいと思っていました。Kindle本については何冊も出版しているのですが、今回は、より多くの人に見てもらえるようにブログにしようと思います。
『電子式卓上計算機』略して『電卓』を日本で最初に発売したのは早川電機(現シャープ)で、1964年のことでした。価格は535000円で当時の日産の中型車ブルーバードと同じ価格でした。
その後、価格はどんどん下がっていったのですが、特に1972年に発売された『カシオミニ』は業界に衝撃を与え、そこから『電卓戦争』が始まったのです。(『電卓戦争』についてはNHKのドキュメンタリー番組「電子立国 日本の自叙伝(4)」で詳しく知ることができます)
カシオミニのカタログを掲載しておきます。カシオは1万円以下で発売したかったそうですが、結局12800円となったそうです。当時のCMはYoutubeで見ることができますが、記憶に残るCMソングです。
『とかくこの世は計算さ~ 数と数とのからみあい~ 答え一発! カシオミニ』
初代カシオミニを分解してみると、表示が6桁しかありません。表示桁が増えるほど製造原価が高くなるのですが、家庭での使用を考え、家庭なら999999円まで扱えれば十分だろうということで6桁に決められました。表示は蛍光表示管を採用していて、1桁に1個の表示管(単管)を6個並べています。単管を採用したのは「6桁の多桁管を発注すると6桁の電卓を開発していることが外部に漏れてしまう可能性があったため」と言われていますが、私の個人的な感覚では6桁の多桁管を発注すると開発費用が高くなってしまうためだと思います。
この単管構成は初代(型番なし)だけで次のバージョン(CM-601)からは丸型多桁管が採用されています。写真はCM-604の内部
次回は電卓で使用する表示装置について解説します。
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